シンパパ大人ストーリー

シンパパに潤いを

通勤電車にて… 第二十八話

「二組のカップル」

 


電波塔の出口へ続く通路は、

バレンタイン仕様のハート型イルミネーションが淡く揺れていた。

光の粒が床に反射し、まるで星の道のように続いている。

 


その道の先で、一真と怜奈、悠真と彩香の四人は突然向かい合う形になった。

 


「悠真!」

 


一真の声が、驚きと戸惑いを含んでいる。

 


「お父さん!」

 


悠真も思わず声を上げた。

彩香は驚きで固まり、怜奈は一真の腕をそっとつかむ。

 


一瞬、誰も言葉を発せず、

イルミネーションの光だけが四人の表情を照らした。

 


その沈黙は、ほんの数秒だったはずなのに、互いの胸には長く感じられた。

 


 


一真が少し前に出て、柔らかく微笑んだ。

 


「悠真の父です。彩香ちゃんだよね。

いつも悠真と仲良くしてくれてありがとう!」

 


彩香は緊張しながらも、丁寧に頭を下げた。

 


「初めまして。彩香です」

 


「悠真、こちらは怜奈さん」

 


怜奈も微笑んで会釈する。

 


「初めまして。悠真くん」

 


悠真は一瞬戸惑い、

「……初めまして」と小さく返した。

 


その瞬間、朝、自分が言った冗談がよみがえる。

 


「お父さんもデートだったりして! なんてね!」

 


あれは軽いノリのつもりだった。

なのに、今目の前にいるのは──

 


本当に“デート中”のお父さんだった。

 


胸の奥がざわつき、言葉がうまく出てこない。

 


彩香はその変化に気づき、そっと悠真の袖をつまんだ。

 


 


一真は静かに息を整えてから言った。

 


「悠真、今日はお互いデート中だから、また改めて話をしよう」

 


悠真は少し間を置いてから、

 


「……うん、わかった」

 


と小さく返した。

 


怜奈も安心したように微笑む。

 


 


「それじゃあ、また、後で」

一真が軽く手を挙げる。

 


「気をつけて帰ってね」

怜奈が優しく声をかける。

 


彩香は深く頭を下げた。

 


四人はそこで別れ、

二組のカップルはそれぞれ違う方向へ歩き出した。

 


イルミネーションの光が、四人の影を長く伸ばしていく。

 


 


エレベーターに乗り込み、ゆっくりと展望台へ向かう途中、怜奈がふと笑った。

 


「高校生カップル、初々しくていいわね。青春って感じよね」

 


「ほんとだね。まさか息子に会うとはびっくりしたよ!」

一真が苦笑する。

 


「私も驚いたわよ。でも……なんだか微笑ましかった」

怜奈は優しく言った。

 


展望台に着くと、ガラス越しに広がる夜景が一面に輝いていた。

街の光が宝石のように瞬き、

遠くの車のライトがゆっくりと流れていく。

 


怜奈はその景色に見入ったまま、ぽつりとつぶやいた。

 


「彩香ちゃん、かわいらしかったね。悠真くんとお似合いだった。

私たちのことは二人にはどう見えたかな」

 


「さあ、どうだろう。大人の恋愛なんて想像つかないだろうね」

一真は照れくさそうに笑う。

 


怜奈は窓に近づき、夜景を見ながら目を細めた。

 


「ねえ、夜景すごくきれいね……来て良かった」

 


「そう言ってもらえて、ぼくもよかったよ」

 


二人の間に、

静かで温かい空気が流れた。

 


 


一方その頃。

 


電波塔を離れたあと、

悠真と彩香は手をつないで歩いていた。

 


「……大丈夫?」

彩香が優しく尋ねる。

 


「うん……ただ、ちょっとびっくりしただけ」

 


少し歩いたあと、

悠真はぽつりとつぶやいた。

 


「……朝、ぼく、冗談で言ったんだ。

“お父さんもデートだったりして”って」

 


「え、そうだったの?」

彩香は目を丸くする。

 


「うん。でも……本当にデートだったんだなって思ったら……なんか、変な感じがして」

 


悠真の言葉を聞きながら、彩香はふと、自分の母親のことを思い浮かべた。

 


もし、お母さんに恋人ができたら……

私はどう思うんだろう。

 


嬉しいのか、寂しいのか、戸惑うのか。

想像してみても、答えはすぐには出なかった。

 


(……悠真くんも、きっと今そんな気持ちなんだ)

 


そう思うと、悠真の気持ちが少しわかったような気がした。

 


彩香はそっと悠真の手を握り直す。

 


「親子でデートって珍しいね。」

 


悠真は照れくさそうに笑い、

「……そうかも」と返した。

 


二人の影が、街灯に照らされて寄り添うように伸びていく。

 


 


二組のカップルの遭遇が

それぞれの“次の一歩”を静かに動かし始めていた。