「二組のカップル」
電波塔の出口へ続く通路は、
バレンタイン仕様のハート型イルミネーションが淡く揺れていた。
光の粒が床に反射し、まるで星の道のように続いている。
その道の先で、一真と怜奈、悠真と彩香の四人は突然向かい合う形になった。
「悠真!」
一真の声が、驚きと戸惑いを含んでいる。
「お父さん!」
悠真も思わず声を上げた。
彩香は驚きで固まり、怜奈は一真の腕をそっとつかむ。
一瞬、誰も言葉を発せず、
イルミネーションの光だけが四人の表情を照らした。
その沈黙は、ほんの数秒だったはずなのに、互いの胸には長く感じられた。
*
一真が少し前に出て、柔らかく微笑んだ。
「悠真の父です。彩香ちゃんだよね。
いつも悠真と仲良くしてくれてありがとう!」
彩香は緊張しながらも、丁寧に頭を下げた。
「初めまして。彩香です」
「悠真、こちらは怜奈さん」
怜奈も微笑んで会釈する。
「初めまして。悠真くん」
悠真は一瞬戸惑い、
「……初めまして」と小さく返した。
その瞬間、朝、自分が言った冗談がよみがえる。
「お父さんもデートだったりして! なんてね!」
あれは軽いノリのつもりだった。
なのに、今目の前にいるのは──
本当に“デート中”のお父さんだった。
胸の奥がざわつき、言葉がうまく出てこない。
彩香はその変化に気づき、そっと悠真の袖をつまんだ。
*
一真は静かに息を整えてから言った。
「悠真、今日はお互いデート中だから、また改めて話をしよう」
悠真は少し間を置いてから、
「……うん、わかった」
と小さく返した。
怜奈も安心したように微笑む。
*
「それじゃあ、また、後で」
一真が軽く手を挙げる。
「気をつけて帰ってね」
怜奈が優しく声をかける。
彩香は深く頭を下げた。
四人はそこで別れ、
二組のカップルはそれぞれ違う方向へ歩き出した。
イルミネーションの光が、四人の影を長く伸ばしていく。
*
エレベーターに乗り込み、ゆっくりと展望台へ向かう途中、怜奈がふと笑った。
「高校生カップル、初々しくていいわね。青春って感じよね」
「ほんとだね。まさか息子に会うとはびっくりしたよ!」
一真が苦笑する。
「私も驚いたわよ。でも……なんだか微笑ましかった」
怜奈は優しく言った。
展望台に着くと、ガラス越しに広がる夜景が一面に輝いていた。
街の光が宝石のように瞬き、
遠くの車のライトがゆっくりと流れていく。
怜奈はその景色に見入ったまま、ぽつりとつぶやいた。
「彩香ちゃん、かわいらしかったね。悠真くんとお似合いだった。
私たちのことは二人にはどう見えたかな」
「さあ、どうだろう。大人の恋愛なんて想像つかないだろうね」
一真は照れくさそうに笑う。
怜奈は窓に近づき、夜景を見ながら目を細めた。
「ねえ、夜景すごくきれいね……来て良かった」
「そう言ってもらえて、ぼくもよかったよ」
二人の間に、
静かで温かい空気が流れた。
*
一方その頃。
電波塔を離れたあと、
悠真と彩香は手をつないで歩いていた。
「……大丈夫?」
彩香が優しく尋ねる。
「うん……ただ、ちょっとびっくりしただけ」
少し歩いたあと、
悠真はぽつりとつぶやいた。
「……朝、ぼく、冗談で言ったんだ。
“お父さんもデートだったりして”って」
「え、そうだったの?」
彩香は目を丸くする。
「うん。でも……本当にデートだったんだなって思ったら……なんか、変な感じがして」
悠真の言葉を聞きながら、彩香はふと、自分の母親のことを思い浮かべた。
もし、お母さんに恋人ができたら……
私はどう思うんだろう。
嬉しいのか、寂しいのか、戸惑うのか。
想像してみても、答えはすぐには出なかった。
(……悠真くんも、きっと今そんな気持ちなんだ)
そう思うと、悠真の気持ちが少しわかったような気がした。
彩香はそっと悠真の手を握り直す。
「親子でデートって珍しいね。」
悠真は照れくさそうに笑い、
「……そうかも」と返した。
二人の影が、街灯に照らされて寄り添うように伸びていく。
*
二組のカップルの遭遇が
それぞれの“次の一歩”を静かに動かし始めていた。